ホラ吹き太郎からの手紙【感謝と前進の決意編】
5月です! 劇団のある敷地の庭には鯉のぼりが泳いでます。東京に行く前に取り付けました。風を力に変えて気持ちよさそうに泳ぐ鯉のぼりを観ているとすごく心が落ち着きます。世界中の子供達の健やかな成長を願う今日この頃です。
さて、2年振りの東京公演も無事に務め終えました。1日だけの公演でしたが、500名を超えるお客様にお越し頂きました。有り難い限りです。私の手際の悪さで公演宣伝用のチラシが出来上がったのが、本番の35日前でした。
それからは、まさに時間との勝負でした。有りとあらゆる方法で動員に励みました。
その中でも柳義男先生には、とてもお世話になりました。柳先生は、紀伊國屋ホールと紀伊國屋サザンシアターの支配人を勤められた方で、現在は日本大学芸術学部やあちこちの大学で講師をなさってます。
初めてお会いしたのは8年前でした。劇団が初めて東京公演をやることになり(と言っても、言い出しっぺは私でした。)、縁も所縁も少ない東京で独りぼっちで営業と観客動員に走り回ってました。
しかし、九州の無名劇団がスポンサーになって下さいと大企業にお願いに行っても無理な話です。つてを頼ってチケットを売りに行っても、なかなか売れるものじゃありません。ただ東京のお祭り騒ぎのデカさと自分の無力さを嘆いては虚しく時間だけが過ぎていってました。
トホホな私の頭に浮かんだのが柳先生のお名前でした。面識なんかもちろんありません。紹介者もいる訳がありません。それでも柳先生のご高名は、私が芝居を始めた頃から存じ上げてました。紀伊國屋ホールで、つかこうへい先生を一躍有名になさった凄腕の方です。そのご活躍ぶりは、書籍で読んで存じ上げてました。そして何故か勝手に、いつか東京で公演する時は、お訪ねしようとずっと考えていました。
まさに怖いもの知らずの田舎者です。接点は、柳先生が福岡県のご出身だという事だけです。ただそれだけの接点で、紀伊國屋サザンシアターへ思い切って電話を掛けました。そして身の上を名乗り、お電話した理由をご説明しました。それでも、まさか会って下さるとは思いませんでした。何故なら、私と柳先生との接点は「福岡」だけです。でも、何とか怪しい者(?)ではない事だけは、ちゃんとお伝えしようと必死でした。
そして次の瞬間、私の耳に夢のような言葉が飛び込んできました。
「今から十五分後くらいまでなら時間があるから、お出でなさい。」
「はい!!十分以内に参ります!!!」
電話を切ると、猛ダッシュです! 走って、走って、新宿駅南口を目指し、紀伊國屋サザンシアターのある高島屋タイムズスクエアに辿り着きました。
しかし事もあろうか建物が休館日です! ガーン! 一体何処から入れば良いんだァ! と雄叫びを上げる間もなく、どでかいビルの周りを走り回って、やっと入口を見つけました! しかしエレベーターが動いてません! ドッカァーン! 考える暇なく階段を駆け登り、僅かな時間で呼吸と汗びっしょりのスーツの着こなしを整えると、深呼吸(もちろん腹式呼吸)をしてこれでもかぁ! というくらいの緊張感で紀伊國屋サザンシアターの扉を開けました。
事務所の方に木村拓也がカレーを食べたと言う支配人室へ通され、支配人の柳先生がお見えになるのをジッと待ちました。
ドアが開き、私の目の前に現れた柳先生はとても落ち着いた紳士でした。そして、お忙しいお立場でありながら次の予定を変更してまで、田舎者の私に2時間近くもお付き合い下さいました。
あの日から8年が経ちました。今回の東京公演には、柳先生の教え子の学生さんが大勢ご来場下さいました。私も公演日には、柳先生からプレゼントして頂いた勝負ネクタイをしめて受付に立ちました。
強い思い込みから強引に掴んだ柳義男先生とのご縁でした。震える手でボタンを押し、勇気を出して掛けた一本の電話。それが今日のお付き合いに続いています。二十年以上前に、書籍で知った柳先生の存在。
人生って、やっぱりドラマですね。人間って、やっぱり素敵ですね。達筆な柳先生とは、もう何十通も書簡のやり取りをさせて頂いてます。そして劇団も可愛がって頂いてます。有り難い事です。
今回は、お話したい事が一杯あるのでまだまだ書きます!
映画の「Shall we ダンス?」はご覧なりましたか?その中でダンス教室のたまこ先生役の女優さんが草村礼子さんです。礼子さんは、私の師匠である野尻敏彦先生と「東京小劇場」という劇団でご一緒されてた方で、日本アカデミー賞の助演女優賞など、多くの賞を受けられてる大女優さんです。
私が、駆け出しの役者だった頃ご主人で俳優の野口ひろとしさんと福岡にお越しの際は、色んなお話を聞かせて頂いたものでした。役者修行中の私は、大先輩からのお話を一言も聞き漏らすまいと、部屋の隅っこで先輩方の後ろから真剣に聞き入っていたものでした。
その草村礼子さんと野口ひろとしさんに、今回は公演のご連絡を入れてませんでした! お二人とも御多忙なお立場だから、今回は遠慮しようと勝手に考えたのです。
…それが、間違いの始まりでした。東京入りした2日にシンガーソングライターで俳優で脚本家の中村ブンさん(私の脚本の師匠!)から「礼子さんとひろとしさんに連絡した?」と電話で聞かれました。「…いいえ。」と答えた私に、「じゃ、俺から電話しておくから。」とブンさんはおっしゃいました。
それから再びブンさんから「ひろとしさんは仕事で、礼子さんは打ち合わせが入ってるらしい。」との電話を頂きました。私は「…はぁ。事前に連絡せずに申し訳ありませんでした。」そう答えるのが精一杯でした。
そして『LOVE』東京公演の昼の部が開演して5分ほど経った頃、劇場の入口で受付をしていた私の前に、息を切らせて走り込む女性がいらっしゃいました。大女優・草村礼子さんでした…。あまりの事に息を飲む私に礼子さんは「頑張ってるね。」と声を掛けて下さり、「もう始まった?」「はい。」「じゃ、見せてもらうね。」と劇場へ入って行かれました。
私は「11月の帝劇のマイ・フェア・レディにも出演されるんですね。」と訳の分からない事を口走るのがやっとでした。礼子さんから渡された封筒には〈がんばってるネ 草村礼子〉と書いてあり、御祝儀が入ってました。
「あぁ、自分はなんてバカな男なのだろう。またご迷惑をお掛けしてしまった…。」反省と後悔と感謝の気持ちが複雑に絡み合いながら胸に去来しました。終演後、所用に時間をとられキチンと御礼も言えない私でした。ただ私の妻に笑顔で「こんにちは、お疲れ様でした。」と言葉を残して帰って行かれたそうです。
私は人の情けとこの世の中で生きてるのではなく、生かされている自分をハッキリと自覚しました。そして有り難い気持ちでいっぱいでした。礼子さん、ひろとしさん、本当に有り難うございました! ブンさん、やっぱり師匠です。また教わりました。箱さん(ミュージシャンの箱守寿夫さん)との名コンビのお二人といつかお仕事をご一緒させて下さい。
劇場は、人々が集う場所です。人生が行き交う空間です。この場所が、私を成長させてくれる聖なる場所です。
「月刊ミュージカル」と言うミュージカルの専門誌があります。私の愛読書です。「月刊ミュージカル」の編集長(社長)瀬川昌久氏にドリームカンパニーのミュージカルをご覧頂くのが、私の長年の夢であり、目標でした。
今回、その夢が見事に叶いました。ご覧頂いたのです!
終演後、演劇評論家の小田切一雄先生とお二人で劇団員を前にお言葉を頂きました。
お二人の口から、賞賛(?…そう聞こえました。)のお言葉の数々が出る度に、溢れる涙をグッと堪えていました。やっと、やっと…、東京に来た! と感じました。
そして今回の東京公演を強引に押し進めた理由の一つに、お亡くなりになられた佐藤浩史先生のご家族との約束がありました。
昨年の御葬儀の時に、「佐藤先生と一緒に芝居を作らせて頂いた劇団員達に会って下さい。必ずそう言う機会をおつくりしますから…。」嗚咽しながら、そう誓った自分の気持ちに責任をとりたかったのです。
夜の部の終演後、佐藤先生の奥様とお嬢様、御親族の皆様と劇団員が対面致しました。奥様の両手には佐藤先生のお写真がしっかりと握りしめられてました。劇団員もスタッフさんもご家族の皆様、御親族の皆様も泣いてらっしゃいました。私の頭の中は真っ白で、流れる涙を隠すのがやっとでした。
人がいて、人と出会い、人と別れて、人を知る。人生は、やっぱり素晴らしい。私の周りには、そんな素晴らしい人達が大勢いてくれます。
芝居をやって良かったと思います。だからもう少し続けようと思います。
今まで以上の覚悟を持って続けようと思います。芝居が自分の天職だったと、いまわの際に言えるように精進しようと思います。
今回の東京公演は、言うなれば私の我がままでした。正直なところ、劇団内にも反対の声がありました。その気持ちも良く分かりました。
でも今回だけは、やるべきだと考えました。裕福な劇団ではありません。劇団を作って投資したもの、犠牲にしてきたもの。それらの上に今日があるのです。それはもう信念です。いや執念かもしれません。大切なのは、形は変わっても挑戦し続ける事かもしれません。
今回も多くの方々にお力添えを賜りました。
監修の小坂弘治先生、演出の松井和子先生、そして製作面を大きくバックアップして下さった米倉啓介プロデューサーに、心より厚く御礼を申し上げたいです。
ハウフルスの冨樫博取締役、笠原健一氏、日本相撲協会の田子ノ浦親方、俳優の佐々木一哲氏、鈴木正勝氏、ひのあらた氏、振付家のヨシ・矢野氏、美歌三智也先生、素敵な贈り物を下さった山下修二氏、鹿児島県隼人町から飛んで来て下さった「劇団ドリームはやと」の地蔵原勇座長…、数えきれないくらいの大勢の方々のご支援とご協力で無事に成功を修められました。
ご来場を賜ったお客様、本当に有り難うございました。
広告協賛を頂いた皆様、お陰様で立派なパンフレットができました。本当に有り難うございました。
音楽家の宮崎漢生氏、音響の西村和貴氏、藤吉玄騎氏、照明家の浦伸一氏、原田豊氏、野田法子氏、衣裳家の相川恵美氏、舞台監督の金森義輝氏、良久兄様、浩之お兄さん、そして劇団員のみんな…。
本当に有り難うございました!
少し大人になった感じのアップルのみんなも良く頑張りましたね。とても嬉しかったです。本当に有り難うございました!! 9月3日に西鉄ホールで、再び『LOVE』が待ってるよ!
さぁ! 今月も頑張ります!
新作ファミリーミュージカル『ピノキオ』の製作も始まります。
気持ちを切り替えて、前を向いて歩き続けます。どうか皆様もお体にはお気を付け下さい。
新緑の爽やかな季節です。健やかに過ごされますようにお祈り致しております。
舞台終え 新たな夢が 光ってる
2005.5月吉日